鯛浜
【たいのはま】

旧国名:阿波
吉野川河口の三角州平野のほぼ中央部,旧吉野川と分流する今切川との河間に形成された沖積地の低地南部に位置する。地名は,鯛の字は水田に井戸のある所を示し,田井と同音であるところから付いたともいい,また当地がかつて海岸線であったことに由来するともいう(北島町史)。字向に十六人塚があり,天正2年富岡城主新開遠江守道善が土佐の長宗我部元親のため丈六寺(現徳島市)において謀殺された際,家臣16名が当地まで逃れて自害し,村人が哀れと感じ供養したという(同前)。
【鯛浜村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【鯛浜(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7196444 |




