牛島
【うしじま】

旧国名:讃岐
瀬戸内海のほぼ中央,備讃瀬戸に浮かぶ塩飽(しわく)諸島の1島。周囲約4.2kmの小島で,本島の南に位置し,海上南へ約7kmで丸亀に至る。山地が大部分を占め,東山と西山に挟まれた海岸部に里浦(北海岸部)と小浦(南海岸部)の集落が発達した。地名の由来は,2頭の牛が伏したような島の形からとか,往古牛が多くいたからとかいわれているが確証はない。地内に江戸期の豪商丸尾五左衛門屋敷跡があるが,坂出(さかいで)市出身の作家中河与一は,五左衛門の繁栄と没落の歴史を「牛島風景」という一篇の詩にして,「われ日ごと彼岸の 島を眺めて空想す そこに赤き灯台あり 夜は灯ともりて悲しく明滅す 世界を航行する船 みな彼の島の前を通りて何事も知らざるべし われひと日渡りゆきて 島の廃墟に立ち 嘗て栄えたりし礎に心つきず ここに海の覇者丸尾五左衛門ゐたりといふ されど彼が権勢の跡には 今とうがらしあづき除虫菊のみ繁りたり」と描いている。なお,牛島の地名初見は織豊期にさかのぼり,文禄3年関白近衛信尹が勅勘をうけ,薩摩坊ノ津に配流されたおりの紀行に,「牛島にかかる,ヨウツ頻吹出テ,舟之行如箭ナリシ」とある(三藐院記文禄3年4月19日条)。
【牛島(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【牛島(近代)】 明治23年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7197913 |




