瀬居
【せい】

旧国名:讃岐
坂出の沖合い約3kmの瀬戸内海に浮かぶ島(昭和43年番の州の埋立てにより陸続きとなる)。島であったころは,面積約0.91km(^2)・海岸線の延長約4.4km。北方海上の小瀬居島が付属する。島名の由来について,往古,瀬戸内海にその形状から三味線島と呼ばれる大きな島があったが,大地震で三味線の頭の部分と胴の部分を残し棹の部分が海底に沈んだ。この頭の島が三味島(沙弥島)であり,胴の島が線島(瀬居島)となったという伝説がある。しかしおそらくは番の州をひかえた「浅瀬の島」から転化したものであろう。近海は昔から鯛や鰆の漁場として知られている。「日本名所風俗図絵」によれば,鯛について「瀬居島,洋の瀬,地の瀬の二島あり……毎春二・三月の頃,鯛魚の集まる処なり。その地金気多し。鯛魚来りてこれを舐るゆえに,この処の鯛魚金色なり。世にこれを金山魚という……盛りなる時は,釣る事一人一日に四・五十頭に下らず。その多きは一網に四・五万尾に及ぶ」とある。今でもこのあたりで取れる鯛は美しい色をしているので桜鯛と呼ばれている。鰆については同書に「鰆は我が讃海の名産にして,鰆子の江府へ奉献なる事は普く世の知る処なり。三・四月の頃,鯛魚に次ぎて東西所々にて夥しくこれをとる。なかんづく,この島にて得るものは,名品中の名品なり」と述べている。島内を一周する道路沿いには,讃岐の生んだ高僧弘法大師をたたえる88体の地蔵が祀られており,今でも毎年旧暦の3月28日はお大師市が開かれ島外から巡拝に訪れる人も多い。
【瀬居島(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【瀬居島(近代)】 明治23年~昭和28年の与島村の大字名。
【瀬居町(近代)】 昭和28年~現在の坂出市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7198890 |




