流岡
【ながれおか】

旧国名:讃岐
財田川と竿川の合流点付近に位置する。財田川を挟んで北部には七宝山の支脈志保山があり,南部はほぼ平地で,わずかに加麻良神社の鎮座する丸山が小丘陵をなす。地名の由来は,神田村の千五百神が夜泣きする御子を升に入れて流し,それが流れ着いた地であることによるという(西讃府志)。その地に祀られたのが加麻良神で,加麻良神社は延喜式内社の1つ,夜泣き守護神として人々の崇敬が篤い。財田川は昔は河底が浅く平日はほとんど水がなく,夏季の渇水はことにはげしかった。しかし3日降雨が続くと大水となり河堤に危険を感ずることが多かった。また農業用水には恵まれている方であるが水路も小さく,降雨による耕地の冠水に悩まされてきたため,一の谷川を改修して積年の災害から免れた。七宝山腹に古墳中期の鹿隈かんす塚があり,鏡・玉類が出土している。
【流岡村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【流岡(近代)】 明治23年~昭和29年の常磐村の大字名。
【流岡町(近代)】 昭和30年~現在の観音寺市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7199297 |




