福田原
【ふくだはら】

旧国名:讃岐
単に福田ともいう。柞田(くにた)川中流域に位置する。南部は雲辺寺山裾野の低丘陵地で用水源の瀬戸池があり,北部は柞田川右岸の低平地。地名の由来について「西讃府志」は,追福のために縁故の寺に寄付された田の意か,福草田の草が省かれたものかとしており,いずれにせよ,寺社料田に関連する地名であろう(山本町史)。地内の胡麻畠(駒旗)山・権現山には福田原古墳群がある。字藤目の姫塚は藤目城主斎藤下総守重之の妻室が自害した跡と伝わる。大正2年遷座した時5.4cmの観音霊躯の念持仏と懐剣が出土した口伝もある。庚申堂には青面金剛庚申像を祀り,61年目ごとの庚申の夜にはお日待ちという夜明かしの念仏行事が伝わっている。なお,中世の当地は豊福荘の荘域にあったとされている。
【福田原村(近世)】 江戸期~明治23年の村名。
【福田原(近代)】 明治23年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7199618 |




