大平
【おおひら】

旧国名:伊予
森川の中流,明神山北麓に位置する山地。森川に沿って集落・耕地が開ける。昭和33年小字堂が谷で青銅製の経筒(高さ30cm・胴回り38cm)が発見され,銘文により平安末期と知られる経文8巻が納められていた。字曽根には凝灰岩質石造層塔(高さ3.3m)があり,「建治三年丁丑」の造立年紀銘と12の梵字が記されている。字梶畑(かじばたけ)・公文修理(くもんしゆり)については「大洲旧記」に源範頼の臣に九門修理という者がいて,鍛冶畑に屋敷を構えたという。地内の新田神社は脇屋義助の子新田義治を祀るといい,上浮穴(かみうけな)郡中田渡(なかたど)村の新田義宗を祀る新田八幡神社とともに,従兄弟相携えて伊予国に来て南朝再興の機を待つうち死去したとの伝説がある。
【大平村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大平(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7200653 |




