朽網
【くさみ】

旧国名:豊前
貫山系の西側,周防(すおう)灘に注ぐ朽網川流域に位置する。朽網の地名を読みこんだ「朽網名寄せ車」という韻文が伝わる(企救郡誌)。なお,「日本書紀」景行天皇12年10月条に「留来田見邑,権興宮室而居之」とあることにより,景行天皇の土蜘蛛討伐の際,葛の網をしき,それが朽ちたことにより朽網の地名がおきたとの土俗伝があるが(企救郡誌),これは「万葉集」「夫木抄」などにみられる朽網山とともに豊後直入郡の朽網を指すものであろう。
【朽網村(中世)】 南北朝期に見える村名。
【朽網村(近世)】 江戸期~明治初年頃の村名。
【朽網村(近代)】 明治20~22年の村名。
【朽網村(近代)】 明治22~40年の企救郡の自治体名。
【朽網(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7210789 |




