玄界島
【げんかいじま】

旧国名:筑前
はじめ久(きゆう)島,月海(げつかい)島ともいった。宮浦の北方,志賀(しか)島の西の博多湾の入口付近に浮かぶ玄界島の全域。周辺の小島・岩礁を含む。地名は玄界灘にちなむと思われる。玄界島は周囲約4kmの楕円形の島で,面積1.17km(^2),最高点218.3m。花崗閃緑岩を玄武岩が覆う。急斜面が多いことから,耕地は少なく,集落は南側斜面に密集。永禄年間頃民家72があったが海賊の襲来を受けて無人となり,慶長年間に再び移住したという。百合若大臣の伝説が残る。玄界島の周辺には,黒瀬・柱島・大机島・小机島などの小島・岩礁が点在する。北西方の柱島は玄武岩からなり,高さ66m。周囲は断崖で,島名は,玄武岩の柱状節理が発達していることによる(続風土記)。南西の大机島(高さ30m)は古くは釈迦牟尼島とも呼ばれ,その南の小机島(高さ20m)とともに,島名は姿が机に似ることによる。両島とも主に玄武岩の火山砕屑岩からなり,鮮新世~更新世に玄武岩が流出した際の噴出口と考えられ,上部が平らで,周囲は急崖となり海食洞をもつ。上部には雑木も茂るが,無人島で,磯はサザエ・ウニなどの漁場となっている。
【玄界島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【玄界島(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7210984 |




