佐谷
【さたに】

旧国名:筑前
古くは左谷と書いた。若杉山南麓,須恵川および同支流左谷川・割石川・本川流域に位置する。地名は,若杉山太祖宮を境として右の篠栗側を右谷と呼び,左側の須恵側を左谷と呼んだことによるという(県史民俗資料編)。小字に寺院関係の地名(たとえば鐘楼址・仁王門址)が多い。これは,最澄が延暦23年に建立した建正寺(賢聖院)があり,天台宗の拠点として宗教的に重要な地域であったことによる。廃寺となった今でも伝教大師にまつわる習俗が残る。当地をはじめ須恵川流域の8か村を須恵河内という。また集落の北東にショウケ越といわれる峠があり,峠の名は,神功皇后が応神天皇をショウケに寝かせてこの峠を越したという伝説によっている。
【左谷(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【佐谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【佐谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7211386 |




