修多羅
【すたら】

旧国名:筑前
南は洞海湾に面し,北に高塔山がそびえる。地名の由来については,「すたら」とは梵語で経文のことで,昔この山の経塚に経を納めたことによるという。経文が唐から渡来する時,それを積んだ船がこの海辺で難破したので,経文をここに埋めたと伝える。高塔山城は麻生氏の端城で,大庭隠岐守が在城していた。修多羅浜古戦場は,麻生与次郎・与三郎兄弟が花尾山城主麻生上総守を討ち取った所である。
【修多羅(中世)】 室町期に見える地名。
【修多羅村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【修多羅(近代)】 明治22年~現在の大字名。
【修多羅(近代)】 昭和45年~現在の北九州市若松区の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7212120 |




