寺福童
【てらふくどう】
旧国名:筑後
宝満川中流右岸に位置する。古来,福童・寺福童を含めた一帯は福童原とも呼ばれ,延文4年(正平14年)の大保原合戦では菊池勢と少弐勢が対陣し,応安7年(文中3年)には菊池氏と今川了俊とが対戦した地域であったともいう。地内の千人塚は文中3年の福童原の戦いの戦死者を葬ったところとされている。
【寺福童村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【寺福童(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7212915 |