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長門石
【ながといし】


旧国名:筑後

筑後川中流右岸に位置し,背面には筑後川の旧流筋がめぐり,周囲に堤防をもつ。鎮守八幡宮境内には,平家が長門国から逃れてきたときの船の碇石と称するものがあり,これが地名由来と伝承する。もとは弁天島とも称した(久留米市誌)。西部の応永3年の刻銘のある七木地蔵板碑は,肥前竜造寺隆信が戦勝を祈願して筑後進攻に成功,返礼に自領に手厚く迎えたものというが,もとの地にもどったという(同前)。壇ノ浦合戦からこの地に逃れついた安徳天皇は,土地の朝日長者の娘をめとり余生を送ったという伝説がある。なお,文禄2年3月18日の高良社神職名知行所数注文案(歴世古文書/三潴荘史料)に座主領として長門石の12町が見える。
長門石村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
長門石(近代)】 明治22年~大正7年の大字名。
長門石町(近代)】 大正7年~現在の久留米市の町名。
長門石(近代)】 昭和60年~現在の久留米市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7213298