元永
【もとなが】

旧国名:豊前
祓川下流右岸に位置し,元永山西麓に広がる。地名の由来は,発展繁栄を祈っての好字佳名か。地内には古墳時代の梅崎古墳群・報恩寺浦古墳群・生目神社東古墳があり(京都郡誌),元永村城址は城主不詳(豊前志)。天暦6年頃地内一帯は塩田の里であったという(大祖神社記)。須佐神社の夏祭り「今井ぎおん祭」は,730年以上の伝統を誇る。例年7月15日から8月3日まで20日間にわたって古式ゆかしい行事が続く。享禄3年以来期間中に連歌が奉納されるが,これは全国でただ1か所当地のみに継承されている貴重な催し。8月2日は「夜ぎおん」で「買っておくれよ箱入りゆかた今井のぎおんに着てまいろ」と俚謡にあるほど北九州・筑豊からの参拝者も多い。
【元永村(中世)】 南北朝期~戦国期に見える村名。
【元永村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【元永(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7215231 |




