長部田
【ながへた】
旧国名:肥前
松浦川支流厳木(きゆうらぎ)川左岸に位置する。7割が山野で,川沿いに細長い田が開かれ,これが地名の起こりとされる。弥生中期の土器片・黒曜石・サヌカイトの剥片が出土。条里制の名残として口の坪・三十六の小字名がある。松浦記集成によれば,かつては萱原(かやはる)と呼ばれていたという。永禄12年岸岳城主波多氏と,獅子ケ城主鶴田氏とが合戦,鶴田の臣吉松権兵衛がここで戦死したとされる(秀島鼓渓覚書)。
【長部田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【長部田(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7217942 |