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八戸?
【やえ】


旧国名:肥前

佐賀平野中央部,天祐寺川西岸に位置する。地内北部はクリークが発達し,南部の国道沿いは旧長崎街道八戸宿として栄えた。当地は高木氏の流れを汲む於保氏の支配地で,同氏の出である八戸宗暢は八戸城に拠って竜造寺氏と対立したという。江戸期の当地は佐賀城下への西からの出入口となり,八戸宿の形成をみた。慶長5年佐賀城普請の際のものと思われる年未詳2月晦日付鍋島直茂書状によれば,直茂は「八戸白山あたりの□シ普請ハ,目ニ立申ましく□(候か)ハゝ,すきすきニ可被申付」ことを家老鍋島生三らに命じている(坊所鍋島家文書/佐史集成11)。八戸・白山に築地を造立したものであろうか。
八戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
八戸(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7218940