湯崎
【ゆざき】

旧国名:肥前
杵島(きしま)山東麓に位置する。地名の由来は,むかし当地は有明海に突き出た崎で,漁を終えた人々が共同風呂を作って湯浴みをしたため湯崎となったといわれ,また,自然湯が湧き出ていたためとも伝える。地内の山裾付近にある網場(あば)の口は網を干していた地といわれる。山麓から東側の平野には条里制遺構の1里区画が残存する。1里区画の西側を地元では西里(シャーリ)と呼ぶ。杵島山中腹にある湯崎古墳からは線刻斜格子文様の岩石が出土しており,杵島山一帯には,一連の線刻文化の存在したことが知られている(白石町史)。
【湯崎村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【湯崎(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219059 |




