小豆崎
【あずきざき】

旧国名:肥前
島原半島の基部,多良岳南麓に連なる小高い丘陵地に位置し,南は本明川の河口部にあたる。南部の丘陵が低地(干拓地)に接するところは急斜面をなしている。地名の由来は,約3km離れた御館山から鎮西八郎為朝が剛弓を引き絞って矢を放ち,その矢が岬で力尽きて落ちたので矢尽き崎といい,後世転訛して「あずきざき」となったという伝説がある。地内にある妙本寺は,曹洞宗永平寺の末寺で,天正元年東房紀守が祖先の菩提を弔い,武運長久加護のために城跡に諸堂伽藍を建立して法輪山妙本庵と号したものである。竜造寺家晴の諫早攻めの天正15年に東氏も亡び寺も壊された。
【小豆崎村(近世)】 江戸期~明治9年の村名。
【小豆崎名(近代)】 年不詳~昭和46年の行政区名。
【小豆崎町(近代)】 昭和46年~現在の諫早市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219259 |




