生月
【いきつき】

旧国名:肥前
古くは生属とも書いた。「郡村誌」では明治2年に生月と書き改めることになったとする。平戸島の西北,辰ノ瀬戸を隔てて浮かぶ生月島に位置する。生月島は南北にのびた島で,ほぼ三角形の形をしている。地形は最も高い番岳(286m)を中心に山稜が南北に連なり,その西側は断崖が続き,日本海の波濤により美しい景観を呈している。島の南方には野崎島・宇久島が志々岐灘の彼方に望見され,北には大島を目前に,数十kmの彼方に壱岐(いき)島を見ることができる。眼前には平戸島の最高峰安満岳とそれに連なる山々が見え,東の海上にはキリシタン殉教地として有名な中江島(平戸市)が浮かんでいる。地名の由来については,遣唐使が荒海を乗り越えてやっといきついた所なので生属の名があり,のち生月と書き改めたと伝承されている。「延喜式」に見える生月馬牧は当地にあり,宇治川の戦で先陣をきって活躍したことで有名な名馬いけづきは,この生月馬牧の産といわれる。当地の旧キリシタン信者の間に歌い継がれてきた歌オラショは,天正遣欧少年使節が持ち帰った印刷機で初めて印刷されたグレゴリオ音楽の楽譜を基調とした歌といわれ,近年国立劇場でも発表されたことがある。当時輸入された洋楽が,変容されながらも300年以上もの間歌い継がれてきたのである。
【生属(古代)】 平安期に見える地名。
【生月(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【生属村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【生月村(近代)】 明治22年~昭和15年の北松浦郡の自治体名。
【生月町(近代)】 昭和15年~現在の北松浦郡の自治体名。
【生月(近代)】 明治22年~昭和45年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219363 |




