伊木力
【いきりき】

旧国名:肥前
西彼杵(にしそのぎ)半島の基部,大村湾奥に北面する地に位置し,突出した大小数個の岬がある。全体的に丘陵地で,平野は伊木力川流域に少し存在する。側背部は鎌倉山・猪見岳・琴ノ尾岳などが遮っている。江戸期大村藩主の長崎見回りなどには伊木力舟津から上陸して南に向かい,猪見・琴ノ尾両岳の間の松ノ頭峠を越えた。現在は県道が通る。当地には鎌倉期より伊木力を名乗る一族がいる。「正慶乱離志裏文書」には「伊木力三郎入道了覚」が見え(県史古代中世編),貞和4年6月10日の一色道猷書下には「伊木力兵衛二郎」の名があり(深堀文書/同前),正平18年8月日の彼杵荘南方一揆連判状断簡写には「〈伊木力六郎〉左衛門尉義通,〈同所ノ〉藤原通勝,〈同所ノ〉藤原幸昌,〈同所ノ〉藤原通重,〈同所ノ〉藤原通久」などが見える(福田文書/中世九州社会史の研究)。
【伊木力村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【伊木力村(近代)】 明治22年~昭和30年の西彼杵郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219375 |




