江ノ浦
【えのうら】

旧国名:肥前
江ノ浦川流域,橘湾に面して位置する。南の一部を除き周囲を丘陵地に囲まれる。標高は最高所で300m未満。北に八天岳があり,東は牧野台地,西は飯盛山・佐田岳を中心とする丘陵が北から南へ走っている。中央部はもと広い範囲にわたり海水の進入する内湾であったというが,江戸期の干拓により水田となった。江ノ浦川の河口は江ノ浦漁港である。橘湾内には前ノ島・向島があり,向島には幕末に領主諫早茂図が設けた台場跡がある。地名の由来は古い時代の海水の湾入にあると考えられる。米山は,天正15年伊佐早旧領主西郷氏を慕う住民たちが,新領主竜造寺氏の目を盗み,内密に年貢米を西郷氏に送ろうとして隠匿した所という。
【ゑのうら(中世)】 南北朝期に見える地名。
【江ノ浦村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【江ノ浦村(近代)】 明治22年~昭和30年の北高来郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7219745 |




