貝口
【かいぐち】

旧国名:対馬
飼口とも書いた。対馬の中央部仁位浅茅(にいあそう)湾の西岸に位置し,西は対馬海峡に面する。北に山地を隔ててソロ浦,北東に天道山,浦口南に金蔵山がある。地名の由来は不詳であるが,「津島紀事」は仁位浅海の湾口にあるので海口,あるいは古く牧所があったと伝えられることから飼口かとしている。臨済宗妙相寺には李朝初期(15世紀)の石造観音菩薩座像がある。地内赤崎は舌状の出鼻で赤土の台地に弥生時代~古墳時代の5基の石棺がある。遺物は弥生式土器・金海式土器・片刃石斧などである。寺浦崎にも弥生石棺2基があり,スス崎の頂上に壊された遺跡があり,古い須恵器がある。
【貝口(中世)】 戦国期に見える地名。
【貝口村(近世)】 江戸期~明治41年の村名。
【貝口(近代)】 明治41年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7220077 |




