崎戸
【さきと】

旧国名:肥前
西彼杵(にしそのぎ)半島と五島列島中通島の間の東シナ海上に位置する蠣ノ浦島・崎戸島・平島・江ノ島の全域。周辺の岩礁を含む。応仁年間,多以良に居を構えた小佐々弾正が,崎戸とその沖に浮かぶ江ノ島・平島まで統治したという。文明8年大村領主大村純伊が有馬貴純に敗れ,玄界灘の孤島加々良島に敗走した際,崎戸の家船衆が加勢したと伝えられる(大村郷村記)。
【崎戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【崎戸村(近代)】 明治22年~昭和6年の西彼杵郡の自治体名。
【崎戸町(近代)】 昭和6年~現在の西彼杵郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7220890 |




