三重
【みえ】

旧国名:肥前
西彼杵(にしそのぎ)半島の基部に位置する。北は三方山,東は大岳・鳴鼓山,西は土佐賀山・野々岳に囲まれ,南は角力灘に面する。地名は京泊・三重・黒崎の3つの入江からなっていることから三江,のち三重に変わったといわれる。地内の才木遺跡・三重田遺跡・中尾遺跡・鬼岩遺跡・正林寺遺跡・三重遺跡・尾似田遺跡・畝刈の浜遺跡・畝刈遺跡・日当遺跡・田子ノ浦遺跡では縄文時代の石鏃・剥片などが発見され,東上遺跡からは縄文・弥生時代の土器・甕棺墓が発掘された。三京遺跡には中世の墓跡がある。江戸期の遠見番所跡・三重番所跡・三重台場跡・狼煙場跡がある。樫山には平知盛の首塚の伝説がある。民俗行事として佐賀藩から伝えられた三重くどき踊り,ほかに浮立・面浮立・大江山鬼退治・竜踊りなどがある。元亀2年三重の領主をはじめ多数がキリシタンの洗礼をうけたが(イエズス会士日本通信),禁教時代になって潜伏し,隠れキリシタンとなり,明治期になって一部はカトリックに復帰した。
【三重(中世)】 南北朝期から見える地名。
【三重村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【三重村(近代)】 明治22年~昭和48年の西彼杵郡の自治体名。
【三重郷(近代)】 年不詳~昭和50年の行政区名。
【三重町(近代)】 昭和50年~現在の長崎市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7222959 |




