方保田
【かとうだ】

旧国名:肥後
菊池川中流右岸に位置する。かつての菊池往還沿いにあたる。古代遺跡が多く,東原(ひがしばる)遺跡は弥生時代後期から古墳時代前期の集落遺跡で,小形仿製内行花文鏡などが出土し,住居跡80・埋葬施設21などが確認され,菊池川流域最大のものと推測されている。大道小学校校庭からは「上有 不 老」の銘帯のある方格規矩四神鏡片や須玖系甕棺を出土するほか,字本村の方保田古墳,字一本杉の清水山古墳,端山塚古墳・辻古墳・木下古墳群・日置遺跡・馬見塚山古墳群がある。なお字六田には菊池家の庶流片保田重兼の居城という方保田城跡がある。
【片保田村(中世)】 南北朝期~戦国期に見える村名。
【方保田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【方保田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7224398 |




