四町分
【しちょうぶん】

旧国名:肥後
菊鹿盆地東部,菊池川の支流河原川流域に展開する丘陵地に位置する。平山北方の丘陵南西斜面に平山遺跡,南西の谷に沿って麦田遺跡,南に若木・小川遺跡などがある。また塚原の背後の丘陵には,菊池十八外城の1つ黄金塚城跡があり,市成城の後備えとして惣谷・平山両氏が代々居城したという。なお地内の塚原・平山などについては,天文14年11月26日の肥後国内斎藤長実知行分坪付案(大友家文書録/県史料中世5)に,大友義鑑の家臣斎藤長実の所領として「一所 塚原弐町分 菊池郡之内」とあり,同様に「一所 原持三段三杖分」「一所 平山三段三杖分」などとある。
【四町分村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【四町分(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7225487 |




