田原村
【たばるむら】

旧国名:肥後
木葉川の右岸に位置し,北西部を中谷川が流れる。字栗木平に大五輪塔があり,「田原寺 院主〈開基□□〉右志者為往生極楽頓生〈□□菩提〉造立如件 建治三〈□□〉一月廿六日」と刻されているほか(植木町史),天正13年銘の板碑もある。田原坂公園内には大永7年銘の逆修板碑がある。なお「国郡一統志」によると,田原山神宮寺は真言宗の道場で,寿永元年に菊池氏が建立し,院主は全海法印で,元徳2年再興され,のち永禄12年に内空閑鎮資が11坊を再興したという。明治10年3月西南戦争の激戦地となった田原坂は,地内西部の高瀬往還にある。
【田原村(近世)】 江戸期~明治7年の村名。
【田原村(近代)】 明治22年~昭和29年の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7226327 |




