頭成町
【かしらなりまち】

旧国名:豊後
(近世)江戸期~明治8年の町名。豊後国速見(はやみ)郡のうち。慶長6年より江戸期を通じて森藩領辻間村の枝郷。別府湾に注ぐ三(さん)川下流右岸一帯に位置する。久留嶋氏参勤交代の出・着港地のため,小市街化し,町別当が置かれる。また,明礬などの森藩の特産品が大坂方面へ積み出された。村高は「正保郷帳」75石余,うち田63石余・畑2石余,「見稲簿」では頭成村と見え86石余。明治4年大分県に所属。同6年の村況は戸数165・人口563(正院本省運輸会社決議簿)。国道が赤松越に変更されるまでは鹿鳴越道・玖珠道などへの交通の要地であった。同8年辻間村・津島村と合併し,豊岡村となる。現在の速見郡日出(ひじ)町大字豊岡のうち。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7229683 |




