福泊浦
【ふくどまりうら】

旧国名:豊後
(近世)江戸期~明治8年の村名。豊後国海部(あまべ)郡佐伯(さいき)荘のうち。慶長6年以降佐伯藩領。佐伯湾に面する四浦(ようら)半島南岸東部に位置する。当浦および鳩浦・蒲戸(かまど)浦・落野(おちの)浦の別称四浦のうち(豊後国志)。上浦(かみうら)村に所属。村位は上(位付)。「見稲簿」では高なし村。「旧高旧領」の村高62石余。文化7年の家数14・人数89(温故知新録)。同年3月3日伊能忠敬が当地を測量(九州測量日記)。明治4年大分県に所属。同8年蒲戸浦・長田浦・夏井(なつい)浦と合併し最勝海(にいなめ)浦となる。現在の南海部郡上浦町大字最勝海浦のうち。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7233076 |




