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川南原
【かわみなみばる】


県中央部,児湯(こゆ)郡川南町の大部分を占める台地の総称。宮崎平野に位置する,大淀川以北によく発達している段丘地形の1つである。地名は同郡都農(つの)町との境界を流れる名貫川の南に位置することにちなむ。川南は川南町の大字名。川南原は主に名貫川のつくった隆起扇状地の唐瀬原(からせばる)と平田川右岸の国光原(こつこうばる)からなる洪積台地で,標高70~50mの平坦面が海岸まで迫り,その末端は標高約50mの海食崖となっている。崖下は砂浜海岸から日向灘へと続く。この台地は扇状地と海岸段丘が複合したものである。地質的には新生代第四紀更新世の礫・砂からなる中位段丘堆積物といわれ,川南原層は厚さ10m以下で,砂岩・チャート・頁岩・尾鈴山酸性岩類などの直径20cm内外の礫からなる。昭和15~35年に全国で第4番目の国営大規模開墾事業が,川南町を中心に都農町・木城(きじよう)町・高鍋町に及ぶ6,500haの広い川南台地で開始された。当初,800haの開田と500haの開畑が行われた。これは,小丸(おまる)川河水統制事業の一環の,川南原国営開拓建設事業であった。それにより,発電と灌漑のために,用水源を小丸川にある石河内ダムとして,取水口から川原発電所分水点までの隧道を含む5,678mの共用水路が建設された。さらに主要幹線水路(水路延長6,116m)の開削。国光原のもと軍馬補充地区への導水で,水路延長4,687m,受益面積350haの通山幹線用水路,唐瀬原元飛行場地区への導水で,水路延長1万13m,受益面積320haの竹浜幹線水路(ポンプ場2か所を含む),平田川上流に青鹿(せいろく)溜池をつくり,唐瀬原のもと降下場へ導水,受益面積400haの登口幹線用水路(3.5km)をそれぞれ開削した。延べ13.6kmの排水路工事,総延長36.1kmの道路工事,揚水設備工事なども行われた。第2次大戦後の軍用地の解放は,川南原の開拓を促進し,多くの入植者を迎え入れ今日に至っている。現在は畑地(樹園地・茶園・桑園)が60数%程度を占め,甘藷・カボチャ・スイカ・ミカン・ブドウ・茶の生産や畜産も盛んで,豚の多頭飼育は日本でも代表的である。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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