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七ツ山
【ななつやま】


旧国名:日向

九州山地中央部の山岳地帯,耳川の支流七ツ山川流域に位置する。四囲を1,000m以上の山々に囲まれ,西南は黒岳山脈,西北は大仁田山脈,東は諸塚山から星久保・猿越山を結ぶ山脈が連なる。全体が山で埋まり,「日向地誌」にも「群巒交互闔境(境の内すべて)ニ峭立シ深谷盤紆(屈曲)絶へテ一平地ナシ」と記されている。地名の由来については,「日向地誌」は「村内ニ七ツノ名山アリ,故ニ是名アリト云」とある。また,地名の起源に関する民話があり,昔この村の三ツ山太郎と隣の四ツ山太郎が不仲で,三ツ山太郎の所へ旅人を泊まらせた夜,四ツ山太郎方の来襲があったが,この旅人の協力で三ツ山太郎が勝ち,四ツ山太郎が降参したため,両軍は仲直りし,合体して七ツ山になったという。地内には打製石器・磨製石器・縄文土器・弥生土器が発見されており,新石器時代頃からの生活があったと考えられる。また,地内松ケ平中村には,千枚岩でつくった箱形石棺が出土している。当地の主峰である諸塚山はその名のように多くの塚があり,その主峰の西方2kmばかりに点在する古墳地帯を諸塚と呼んだという。この中の飯塚という古墳は,明治初年の大降雨で,山崩れにより崩壊し,矢の根石・曲玉・土器が麓の飯干川に押し出されたといい,曲玉の一部が保存されている。北西部の黒岳付近の標高800mぐらいの石灰岩質の山腹に,1haにわたる広大なフクジュソウの自生地があり,地元ではその乱獲をいましめている(諸塚村史・諸塚太伯山調査録)。村名の初見は天正18年の「竿前御改書上帳写」(矢津田文書)で,「一,高百十六石余 七ツ山」とある。この書上帳には,地内の一集落松の平も「一,高二十二石余 松ノ平」と見えている。
七ツ山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
七ツ山(近代)】 明治22年~現在の諸塚村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7235657