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赤瀬川
【あかせがわ】


旧国名:薩摩

「あかしご」ともいう。出水(いずみ)山地北西部,高松川下流北部の台地上に位置し,西側は東シナ海に面する。中世の初期には守護の島津氏が支配し,ついで宝徳3年には出水の薩州家島津氏領となってきたが,文禄2年には豊臣秀吉の直轄領として唐津の寺沢氏に支配され,慶長4年島津氏の直轄領として江戸期に入った(阿久根市誌)。東北部の牧内地区は中世中頃の馬牧跡と伝え(阿久根町郷土誌),西海岸の浦入江は同時期の海外船避難港として倉津港とともに聞こえ,同浦の北岸には唐船をつないだ唐維岩(といがいわ),南岸台上には永禄4年来航のポルトガル船船長アツホンゾ・ヴァスの墓という「とつぽどんの墓」が残る(阿久根のむかしばなし)。
赤瀬川村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
赤瀬川(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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