伊野波
【いのは】

旧国名:琉球
方言ではヌファという。沖縄本島北部,本部(もとぶ)半島中央部を西流する満名川中流域に立地する。川の両岸には広い低地が開けている。地名は,往古集落の前面一帯が方言でいうイノー(礁池)をなし,地名もイノーと称したといわれる。付近に貝殻などを含む海浜の地層が見られ,船の積荷を干したというニフスと呼ばれる低い丘もある。地名由来は,方言でヌファということから,饒波(ぬうは)などと同じとも思われるが,未詳。集落後方にウナザラ川の拝所があり,北山(ほくざん)落城の時に王妃ウナザラが身を隠した所といい,元祖拝みに詣でる人が少なくない。満名川沿いの平地は,かつてヌファターブックヮ(伊野波田圃)として知られた米所であった。町文化財のチャタンモウシー(北谷真牛)の墓や,琉歌で「伊野波の石こびれ無蔵つれてのぼるにやへも石こびれ遠さはあらな(伊野波の石ころ道の坂は難儀な所だが,恋人とつれそって登るときは,もっと遠くまで続いてほしい)」と謡われた(琉歌全集599),険阻な山道の伊野波の石くびりがある。
【伊野波間切(近世)】 王府時代の間切名。
【伊野波村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【伊野波(近代)】 明治41年~現在の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7239833 |




