恩納
【おんな】

旧国名:琉球
方言ではウンナという。沖縄本島北部の西海岸,北西は東シナ海に臨む。背後の国頭(くにがみ)山地には恩納岳がひときわ高くそびえ,万座毛(県名勝)とともに,古くから伝説や歌の舞台となってきた。沖縄考古編年後期の志喜根貝塚,グスク時代の恩納城跡がある。近世以前は金武(きん)間切の一村落であったが,「おもろさうし」巻17は「恩納より上のおもろ御さうし」と題されており,古くから重要視されていたことがうかがえる。2つの元屋があり,殿も2つあり,掟も後村渠の恩納掟と前村渠の久留原掟と2人いたことなどは,恩納が古代には2集落であったことを示唆している。この2集落は,やがて山手から沖積低地に下りて合併したが,のちに大津波に遭って山手に復し,その後再び現在地に移動した。旧暦6月穂祭と11月ウンネーウユミに伝承される猪退治のウムイ「ヤマノオモイ」に,猪を追いこむ「そそやあま」「なあかやま」があり,また猪退治のときの弓の材料となる桑木やダシチャを産する「あめくみたけ」が見えるが,比定地は未詳(ウムイ129/歌謡大成Ⅰ)。
【恩納間切(近世)】 王府時代~明治41年の間切名。
【恩納村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【恩納村(近代)】 明治41年~現在の国頭郡の自治体名。
【恩納(近代)】 明治41年~現在の恩納村の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240166 |




