末吉
【すえよし】

旧国名:琉球
方言ではシーシという。古くは添石とも書き,「琉球神道記」には末好とある。沖縄本島,安謝川上流域に位置し,左岸は首里台地の西森の北斜面,右岸は末吉宮のある丘陵斜面に及ぶ。集落は,岩山の丘陵を北にした古くからのもので,地名のシーシは,背の石を意味し,これに好字をあてたもの。「中山伝信録」では,この岩山を亀山と記している。頂には社壇と呼ばれる末吉宮があり,尚泰久王代の景泰年間(1450~56)の建立。社壇近くに金剛界大日如来の種子バンの梵字碑がある(県文化財調査報告書69)。宮の南に遍照寺跡がある。寺の東脇から宮へ登る石畳の坂道にある大きな岩の根元に荒神の御嶽があり,その東側に夜半参り御嶽があった。寺の西側にある100坪ほどの広場を前の毛といい,村の集会場で,古くから4月15日に定期集会ジンチュユレェ(地人寄合)が開かれ,終了後は角力大会が催された。また8月15日の名月の晩には,獅子舞が行われた。広場周辺にあった旧家が村落の始まりといわれており,ノロ殿内もここにあった。首里の平良(たいら)橋から当地を経て浦添に至る石畳の道が続いていた。地域の外れには古墓が多く,なかでも向象賢(羽地朝秀)の墓は亀甲墓以前の特殊な威容を誇っている。
【末吉村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【末吉(近代)】 明治41年~大正末期の字名。
【末吉町(近代)】 大正末期~現在の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240818 |




