饒波
【ぬうは】

旧国名:琉球
方言でもヌウハという。沖縄本島北部,東シナ海に注ぐ饒波川流域に位置する。かつて饒波川下流の平坦地の大部分は入江であった。饒波川周辺の畑を地元ではイナトゥナドウといい,湊を意味するインナトゥが変化したものである。集落は饒波川沿いの山麓に立地する。海岸から200m程のところにハマバーリ,さらに300m程上流に本集落がある。饒波川の上流にあるウロー(宇呂)は,行政的には当地に含まれるが,地番は隣の喜如嘉(きじよか)に属する。かつて現在の集落の東はずれの喜味原に集落があったが,山崩れのため移動したという。喜味原にはウドン(御殿)屋敷・ウドンカー(御殿井)があったといわれることから,公的な機関が設置されていたとも考えられ,大宜味(おおぎみ)と関係があるともいわれる。ウドンカーの水は人々の飲む川の水よりはるかによい水だという意味の歌があるという。
【饒波村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【饒波(近代)】 明治41年~現在の大宜味村の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241377 |




