富里
【ふさと】

旧国名:琉球
沖縄本島南部,雄樋川下流東方の台地上に位置する。方言ではフサトゥといい,ウフサトゥ(大里)の転訛と思われる。天順5年(1461)尚徳王即位の時,国王の異母兄弟に当たる尚泰久王の子らが富里に逃れ,長男の安次富金橋は安次富グスク,次男の美津葉多武喜と長女のモモトフミアガリ(百十踏揚)は大川グスク,四男の八幡加那志は仲栄真グスクに住んだといわれる。長男は屋良バラの,次男は仲栄真バラの,そして四男は大仲栄真バラの元祖となったと伝えられている。旧暦5月に行われる稲穂祭の時に謡われる「稲穂祭之時,当山巫唄」に,「なかま」「ふさとくだ」「ふさとまきよう」と謡われるのは富里の聖名である(ウムイ29・30/歌謡大成Ⅰ)。
【富里村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【富里(近代)】 明治41年~現在の玉城村の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241588 |




