牧志
【まきし】

旧国名:琉球
方言ではマチシという。沖縄本島南部に位置し,北は安里川を隔てて泊・安里に対し,西は久茂地川を隔てて前島・久茂地に相対している。伝承によると,牧志の地は,首里と那覇(なは)の間に位置するが,ガーブ川沿いの低地と周辺の松林の低い丘陵地には住む人もなく,墓地が点在していた。王府からの呼びかけで,人口過剰であった小禄から6軒が分家移住したのが村のおこりだという。域内には,冊封使の記録にたたえられた七星山があり,七ツ墓が残る。その北側の通りが十貫瀬通りである。十貫瀬の由来は,昔,旅人が十貫岩(瀬)で雨やどりをして銭十貫を置き忘れたが,数年後旅人が戻ったところ同じ十貫があったことによるといわれる(遺老説伝)。また,紅日が地に墜ちるのを見て,ティーダガー(日泉)という泉ができたと伝え,その泉がナイクブに現存する。
【牧志村(近世)】 王府時代~明治36年の村名。
【牧志(近代)】 明治36年~大正3年の那覇区の字名。
【牧志町(近代)】 大正3年~昭和54年の町名。
【牧志(近代)】 昭和54年~現在の那覇市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241723 |




