小畑沢村(近世)

江戸末期~明治22年の村名。津軽郡田舎庄のうち。弘前藩領。江戸期の郷帳類に村名が見えず,開村の時期,村の規模,村位などは不明である。ただし,明治初年の「国誌」に,「昔は家数六十軒余,人数も三百余ありし申なるか,天明申歳の凶荒に離散断滅して戸口減せしと云ふ」とある。耕地も少ない山間地に,これだけの家数・人数が生活していたことには疑問が残る。村高は,「旧高旧領」41石余。明治2年の諸組村寄帳(弘前図書館郷土資料目録7)では大畑沢村と見え,浦町組に属している。明治4年弘前県を経て,青森県に所属。同11年東津軽郡に属す。明治初年の戸数4,村況は「四方原野にして草莽蕪蔓畑ありて田なし……其(天明の凶作)砌僅に三軒
箇の人口を存せしか,今は四軒となる,然れとも山麓の荒野にして水田無れは稗粟を常食とし,四時蔬果を糧とし米を食せす,且南は高山にして北は曠野なれは,強風常に北海より送,冬月早く雪降て消ること遅く,雪中人蹤絶ること多し」という(国誌)。明治7年の県管内村名簿に村名が見える。同22年高田村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7250517 |




