100辞書・辞典一括検索

JLogos

20

山伏小路(近世)


江戸期の盛岡城下の町名はじめ山伏の居住地で,幕末には町人地となる城西地区に属し,北上川左岸に位置する北上川の左岸で,城下から西に通ずる街道口に夕顔瀬橋を架し夕顔瀬御門を設けたが,その通筋町の規模は1町程,寛永盛岡図には安楽院・無量院・大満円蔵坊・大明神禰宜・朝日・岩本・伊徳院・多門坊・不動院・南覚坊等の山伏ばかりが居たが,その後天保年間頃までに多くは町家になった(盛岡砂子)当地に仙人堂という石仏があって眼の神様とされていたが,この堂の社地は万治2年まで南部利直の子山田主水利長の屋敷であったという(同前)同所には明治19年栄沢稲荷が建てられた明治初年までに茅町の一部となり,その後は通称町名として残った




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7255125