下高野村(近世)

江戸期~明治8年の村名下小屋とも書いた会津地方中部,湯川東岸に位置する会津郡のうち会津藩領高久組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では260石余,文化15年村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では512石余化政期の家数は南区21軒・北区8軒(新編会津)神社は山王神社ほかに観音堂があったが,天正年間兵火にかかり焼失したという(新編会津)北の一区を北村ともいった(会津鑑)明治4年の戸数24・人口124(若松県人員録)同8年上吉田村ほか2か村と合併して柳川村となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7267987 |




