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藤倉村(近世)


 江戸期~明治8年の村名。河沼郡のうち。会津藩領。代田組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では398石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」ともに422石余,「旧高旧領」415石余。小名に難波野がある。化政期の家数本村28軒・難波野6軒(新編会津)。鎌倉期,佐原三郎盛義がこの村にあって藤倉氏を称していたが,のち金上【かながみ】を経て,建長4年津川【つがわ】城(新潟県東蒲原郡津川町)に移り,金上氏と称するようになった。東西83間・南北72間,現在東・西・北の三方に土塁と濠がある。地内に代官屋敷が置かれたが江戸中期以降は代田組郷頭の居宅となり,幕末に至る。村の西側を米沢街道の上街道が通る。寺院は新義真言宗延命寺。境内に藤倉二階堂と呼ばれる室町期の唐様建築の地蔵堂がある。村の東に,暦応・康安年間の銘を有する南北朝の供養塔がある。神社は赤呂【あかろ】神社と稲荷神社。明治4年の戸数24・人口97(若松県人員録)。同8年倉道村ほか3か村と合併して倉橋村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7269994