沖杉新田(近世)

江戸期~明治7年の村名芳賀郡のうち五行川と小貝川に挟まれた沖積地に位置する「旧高旧領」では沖杉村新田と見えるはじめ小林村の持添原野であったが,寛永4年頃真岡【もおか】藩稲葉氏家臣田辺権太夫によって取り立てられた新田という(塚田家文書)はじめ真岡藩領,寛永9年相模小田原藩領,天和3年旗本稲葉氏知行を経て,明和6年からは幕府領村高は,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに27石余「改革組合村」では真岡村組合寄場に属し,天保年間の家数2明治4年宇都宮県を経て,同6年栃木県に所属明治7年小林村の一部となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7278203 |




