白久(近代)

①明治22年~現在の大字名。はじめ七合村,昭和29年からは烏山町の大字。明治24年の戸数44・人口266(男132・女134),水車場1。同31年白久尋常小学校創立。昭和29年当地住民の一部から生活圏である小川町への編入の請願が出されたが,全住民の意志でなかったことから問題となり,地内が2つに分裂して争いとなった。これが,烏山町と小川町の対立にまで発展し,県町村合併調整委員会の調停も成功せず,ついに住民投票となり,当地は二分され,昭和35年地内の北部は小川町白久として同町に編入することで6か年にわたる紛争が解決した。同41年に着手された県営西の原用水改良事業により,同49年地内を暗渠・隧道が通り,畑地の多くが水田となった。②昭和35年~現在の小川町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7279443 |




