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二軒在家村(近世)


江戸期~明治7年の村名山田郡のうち渡良瀬川中流右岸に位置し,流路が東南方向から西南方向に大きく湾曲する内側の河岸段丘上に集落が発達している小字舞台・二軒在家・間坂などから縄文土器・石器(石斧・石鏃)などが出土している承応3年に桐原村から分村したという(郡村誌)はじめ館林藩領,天和2年旗本大草氏領,のち旗本河野・小笠原両氏の相給村高は,「寛文郷帳」で畑方39石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに87石余村内に神明宮があり,境内には菅原社など8社が合祀されている幕末の改革組合村高帳によれば,大間々町寄場組合に属し,高87石余,家数18明治元年岩鼻県を経て,同4年栃木県に所属同7年桐原村の一部となる




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7283971