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鉢形村(近代)


 明治22年~昭和30年の自治体名。はじめ男衾郡,明治29年からは大里郡に所属。鉢形・小園【こぞの】・保田原・露梨子【つゆなし】の4か村が合併して成立。大字は旧村名を継承。大字露梨子に役場を設置。村名は最も大村で歴史的に著名な鉢形城のあった旧村名を継承。荒川により交通は分断され対岸の寄居【よりい】方面へは中,樋の渡しが利用されていたがたいへん不便であった。大正9年,鉢形の神谷茂助はほとんど独力で鋼索線釣橋を完成させ正喜【しようき】橋と名づけた。大正13年,県が買収するまで収銭橋であった。大正14年7月東武東上線が開通し,鉢形駅が営業を始めた。戦時体制下の昭和15年,字三ケ山に陸軍航空本廠寄居出張所(のち立川陸軍航空廠寄居出張所と改称)を開設。航空機爆弾の填薬作業が行われ,近郷から青年男女が従業員として働いた。同20年頃が最盛期で約700人に達した。世帯・人口は大正9年417・2,790,昭和15年438・2,727,昭和25年549・3,246。同年男衾村大字富田の一部を編入。昭和30年寄居町ほか3か村と合併して寄居町が成立。大字は同町の大字として存続。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7289525