栗原藩(近世)

江戸期の藩名譜代・小藩陣屋は葛飾郡栗原(船橋市)慶長5年関ケ原の戦の軍功により,甲斐国内に2万石を,のち三河国内に1万石をそれぞれ加増された成瀬正成が,3万4,000石で大名に列して成立以後歴代藩主は正成・之成・之虎同16年甲斐国内の領地を尾張国知多郡内に移された元和2年正成は尾張徳川義直の付家老として転出し,次男之成が1万5,000石余で襲封同9年近江国内に1,000石を加増され1万6,000石を領有領地は,下総国葛飾郡内4,000石,三河国加茂郡内1万石,武蔵国幡羅【はたら】郡内1,000石,近江国内1,000石寛永11年之成が死去し,之虎が相続したが,同15年之虎も5歳で没したため,無嗣絶家により廃藩

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7293348 |