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本材木町(近世〜近代)


江戸期~昭和6年の町名日本橋川と京橋川を結ぶ楓【かえで】川(現在の首都高速1号)西側に位置古くはヨシの原で元禄の江戸図では8本の入堀が記されているが,次第に埋め立てられ,文久板切絵図には江戸橋際から白魚橋際まで1~8丁目がある徳川氏入国の直後,駿河・遠江などから招集された材木商人は,当初は道三【どうさん】堀・八代洲【やよす】河岸近辺に居住していたが,慶長年間の江戸城竣工後,当地に移り,そのまま材木商となる者が多かったという町名もこれにちなむ(事蹟合考)延宝2年,魚市場が開設され新肴場あるいは新場と呼ばれた本小田原町と交代で幕府への納魚をつとめた海賊橋・新場橋・弾正橋の架かる楓川の河岸地を本材木河岸と称し(備考),物資の輸送に便利な楓川沿岸には塗物・藍玉など各種問屋が軒を並べた(買物独案内)3丁目を俗に胴切【どうぎり】町といった明治元年東京府に所属同4年までに,1~2丁目を1丁目に,3~4丁目を2丁目に,5丁目以下を3丁目とした明治3年魚会所跡に東京郵便電信局が開設現在の日本橋郵便局の地は「郵便発祥の地」である同5年の戸数566・人口2,948(府志料)同11年錦町の一部に編入,1~2丁目は日本橋区に,3丁目は京橋区に所属昭和3年,1~2丁目は江戸橋1~3丁目に,昭和6年,3丁目は宝町1~3丁目に編入現行の日本橋1~3丁目・京橋1~3丁目のうち




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7301304