浦賀町(近代)

明治22年~昭和18年の三浦郡の自治体名。浦賀町(新井町ほか17町)・大津村・走水村・鴨居村および公郷【くごう】村飛地・内川新田飛地が合併して成立。公郷村・内川新田を除く,旧町村名を継承した21大字を編成。町役場は荒巻町に設置。明治24年の戸数2,955,男6,725人・女6,603人。同41年頃には,浦賀船渠会社が3,000人の職工を有し,横須賀より馬車の便があった(三浦繁昌記)。大正4年の戸数2,720・人口1万4,213,漁業組合員数50人,職工1,750人(三浦郡勢一班)。世帯数・人口は,大正9年4,181・2万4,372,昭和10年4,663・2万3,108。昭和5年湘南電気鉄道(京浜急行)により黄金町~浦賀間が開通し,同6年横浜駅まで延長して京浜電鉄に連絡した。昭和初期には京浜地方との取引きを主とし,金属および金属製品・材木・食塩・石炭・和酒等を移出。昭和18年横須賀市の一部となり,町制時の21大字は同市の大字に継承。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7302441 |




