久良岐郡

律令制下では武蔵国二十一郡の1つ。「続日本紀」神護景雲2年6月21日条に,武蔵国橘樹郡の飛鳥部吉志五百国が同国久良郡で捕えた白雉を朝廷に献上したことを祝って,武蔵国の2年以前の田租未進を全免し,久良郡にはこの年の田租の3分の1を免除,国司と久良郡の郡司の位階をそれぞれ昇叙し,五百国には従八位下の位を授けたほかに,絁10疋・綿20屯・布40反・正税1,000束を賜ったことがみえ,これが郡としての初見である。「和名抄」には,鮎浦【ふくら】・大井・服田【はとだ】・星川・郡家【ぐんが】・諸岡・洲名・良椅【よしはし】の7郷があげられている。武蔵国分寺址から「大井」や「諸岡」の型押しや箆書した瓦が多数出土する。また,藤原宮山部門址出土の木簡にも「大井」と墨書したものがあり,中央との交渉が知られる。郡衙の所在地は郡家郷とされる。横浜市南区の弘明寺は天平9年,聖武天皇の勅をうけた行基が1宇を営んだのがはじまりといい,境内からは奈良期の布目瓦が出土している。また,同寺には平安中期以降の頃の鉈彫の十一面観音立像が現存し,国重文に指定されている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7303270 |




