小園村(近世)

江戸期~明治22年の村名。相模国高座【こうざ】郡のうち。小薗村とも書く。寛永10年・元禄10年旗本加藤氏知行,幕末には下総佐倉藩領。村高は,「元禄郷帳」134石余,「天保郷帳」「旧高旧領」378石余。検地は万治2年。寛永2年7月27日の加藤源太郎への知行宛行状に小薗村134石余と見える(記録御用所)。「新編相模」によると,江戸から12里,東西12町・南北14町,家数42軒,神社は子ノ明神社,ほかに地蔵堂がある。深谷寄場組合に属し,組合村明細帳によれば天保14年頃の家数35軒。明治4年佐倉県を経て神奈川県に所属。同12年公立生蘭学校が開校,同20年寺尾村に移転する。明治18年の戸数は53(綾瀬村風土記)。同22年綾瀬村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7303383 |




